池脇千鶴演じるヒロインが、弟役の菅田将暉と母親(誰だっけ?)と同居する家が酷い。
家というよりも小屋と言ったほうが適切である。
そういえば、奥の寝床に呆けた父もいた。
スラムだ。
TVに出てくる東南アジア、いや貧困にあえぐ南米の某国家のような世界観である。
地方の陰惨な空気感を描くにしても、どうなのと思ってしまう。
菅田の訛りも、救いがないくらいひどい。
いまどき、TVやYOUTUBEで絶えず標準語に慣れ親しんでるので、どんな地方の子でもここまで訛ってないよと思う。
そういう意味では、架空世界なのだろう。
掃き溜めに鶴を、映像で表現するには池脇千鶴を取り巻く世界観は悲惨であればあるほど、輝くということか。
普通に考えて、池脇はいい家のお嬢さんである。
掃き溜めにいて、あの顔つきにはならないと直感的に皆感じるはずだ。
そして、風俗嬢まで演じさせてしまう。
結局、撮影陣が池脇の体を見たいだけなんじゃないの。
いやいや、僕も見たかった一人であった。
ジョゼと虎と魚たちでも、妻夫木聡と抱き合うシーンはあった。
あったはあったが、なんか健康で文化的なのである。
そういう意味で、本作は陰惨で救いがない分、一糸まとわぬ姿に価値が出る。
救いのない物語があって、はじめてその女性の裸体が光り輝くのだ。